治験を検討しているものの、なかなか踏み出せない方の中には、健康被害を心配している方が多いようです。ここでは、どのようなものが治験による健康被害にあたるのか、万が一健康被害が起こった際の補償制度について解説します。
治験による健康被害とは?
治験は新薬の有効性や安全性を確認するために行われることもあり、リスクがゼロとはいえません。治験中、または治験終了後に何かしらの副作用が発生してしまう可能性もあります。
ただ、どのような副作用も必ずしも健康被害として認められるわけではありません。基本的に対象となるのは「治験実施による因果関係が認められる健康被害」のみです。該当する健康被害を受けてしまった場合は治験による健康被害に対する補償制度の対象となります。
治験による健康被害に対する補償制度
具体的に治験によって何らかの健康被害を受けてしまった場合、どのような補償がされることになるのでしょうか。おさえておきたいポイントを解説します。
補償の原則
原則として、治験に起因して被験者に何らかの健康被害があった場合、治験依頼者に賠償責任がないようなケースでも自ら定めた補償制度に従って補償を行わなければなりません。そのため、誰に賠償責任があるのか明らかではないような場合も、治験による因果関係が認められる健康被害であれば治験者救済のために補償が必要です。
なお、治験は必ずしも効果があることを保証するものではありません。そのため「治験に参加したものの効果が得られなかった」などの理由で請求が認められるものではないことにも理解が必要です。また、同一の治験で治験者によって補償の内容や範囲が変わるようなことはあってはならないと定められています。
補償の範囲
補償が認められるのは、治験実施による因果関係が認められる健康被害です。ただし、健康被害と治験との因果関係が合理的に否定されないような場合も対象となります。それから、プラセボ投与によって治験の対象疾患が悪化したような場合についてですが、こういった場合はほとんどのケースでは補償の対象外となります。
支払い
治験の内容によってどのようなものが支払われるのかは異なります。例えば、医療費や医療手当、保証金、場合によっては生涯保証金、遺族補償金、休業補償金などが対象です。
補償責任と賠償責任について
治験において、被験者が健康被害を受けた場合、「補償責任」と「賠償責任」が発生する可能性があります。これらの違いについても理解しておきましょう。
補償責任とは、違法性がなくても発生する社会的責任であり、治験薬の副作用によって健康被害が発生した場合、治験依頼者は補償を提供しなければなりません。例えば、被験者が治験薬による副作用で入院した際には、依頼者がその治療費や関連費用を補償する責任を負います。これは、治験と被害との因果関係が証明されれば過失の有無にかかわらず補償が提供される点が特徴です。
一方、賠償責任は、法律上の違反行為や過失を前提として発生する責任です。治験依頼者や医療機関が故意や過失によって被験者に損害を与えた場合に賠償義務が発生します。賠償責任は法的な手続きが必要であり、被害者が裁判で因果関係を証明しなければなりません。両者は責任の発生要件が異なるため、治験に関わる研究者はこれらの違いを正しく理解し、適切に対応することが求められます。
GCP省令に関する補償
GCP(Good Clinical Practice)省令では、治験に関連して被験者に健康被害が生じた場合、治験依頼者は過失の有無にかかわらず、被験者の損失を適切に補償しなければなりません。この補償制度は、被験者が経済的な負担を感じることなく、速やかに治療を受けられるようにするためのものです。GCP省令第14条では、治験を依頼する者は、あらかじめ被験者に生じた健康被害に対する補償のために保険契約を結ぶなどの措置を講じておく必要があるとされています。治験中に発生する予期せぬ健康被害については、因果関係の立証責任が治験依頼者にあり、被験者にその負担がかからないよう配慮されます。
補償の基準としては、健康被害が治験薬の投与によって発生したことが認められた場合、治療費や医療手当、さらに死亡や後遺障害が発生した場合には補償金が支払われます。補償内容は、医法研ガイドラインなどの業界標準に基づいて定められることが多く、具体的には
- 治療に要した医療費
- 入院を必要とする場合の医療手当
そして重篤な結果を招いた際には補償金が支払われる仕組みとなっています。
このような制度は、被験者の安全性を守るだけでなく、治験に対する信頼性を高めるために非常に重要な役割を果たしています。治験依頼者や医療機関は、補償制度の整備に万全を期し、被験者が安心して治験に参加できる環境を提供しなければいけません。
健康被害補償に関するガイドライン
治験における被験者の健康被害に対する補償は、主に医薬品企業法務研究会(医法研)によるガイドラインに基づいています。このガイドラインは、治験依頼者が被験者に対してどのように補償を提供するべきかを定めており、多くの企業がこの基準を参考にしています。医法研ガイドラインでは、補償の具体的な内容として、医療費、医療手当、補償金の3つが示されています。
まず、医療費では治験によって発生した健康被害に対して必要となる診療費や薬剤費が補償されます。次に、医療手当は被験者が入院を必要とする場合に支払われる手当であり、医薬品副作用被害救済制度の基準を参考に決定されます。
そして、補償金は被験者が死亡したり、後遺障害が残った場合に支払われる金銭です。これらの補償は、治験依頼者が定めた規定に従って支給され、被験者の経済的負担を軽減します。
このガイドラインに基づく補償制度は、被験者の安全と治験に対する信頼を確保するために重要です。
治験中の死亡率:現状と具体的事例
治験中の死亡率は全体的に非常に低いとされていますが、特定のケースでは死亡事例が発生することがあります。以下に、具体的な例を挙げます。
過去の具体例
エーザイ株式会社のてんかん治療薬(2019年)
日本国内で実施されたてんかん治療薬の治験において、健康な成人男性が治験薬の投与後に異常行動を示し、治験終了後に電柱から飛び降りて死亡しました。この事例では、治験薬の副作用として精神的な異常が疑われました。
肺がん患者対象の免疫治療薬(2023年)
国立がん研究センターなどが実施した治験では、「オプジーボ」と「ヤーボイ」を併用する治療を受けた患者のうち、11人(7.4%)が治療関連死とされ、試験が中止されました。
死亡率低減のためのリスク管理策
治験運営者は、死亡率を可能な限り抑えるための包括的なリスク管理策を講じる必要があります。以下は、具体的な取り組みです。
被験者選定基準の厳格化
- 基礎疾患の重症度に応じたスクリーニング。
- 治験薬との相性を考慮した選定。
治験設計の効率化
- 段階的な投与量の設定:リスクを抑えるために、低用量から開始するデザイン。
- プラセボ群の適切な活用:被験者に不要なリスクを負わせない。
副作用の早期発見と管理
- 定期的な健康チェックを実施。
- リモートモニタリング技術の活用でリアルタイムに状態を追跡。
- 被験者や医療従事者への迅速なフィードバック。
フォローアップ体制の強化
- 治験終了後も一定期間、被験者の健康状態を追跡調査します。特に、薬剤の長期的影響を評価するために重要です。
治験運営における倫理的配慮
死亡事例が発生した際の対応は、治験の信頼性に直結します。運営者は倫理的配慮を徹底することで、治験の透明性を確保する必要があります。
インフォームド・コンセントの強化
- 治験の目的と手順。
- 想定されるリスクと死亡リスク。
- 中止や撤退の自由。
独立した監視体制
- 治験の進行状況を監視する独立した安全性モニタリング委員会(DSMB)を設置。
- 有害事象が発生した場合の即時報告体制を確立。
被験者の補償とケア
死亡や重篤な健康被害が発生した場合、迅速かつ適切な補償を行い、遺族に十分な説明を尽くします。
治験保険の加入も検討しよう
治験は全くリスクがないものとはいえませんが、万が一、健康被害が起こってしまった場合には今回紹介したように補償の対象となります。このように、治験者を守る仕組みが備わっています。
注意点として、治験を実施する立場にある方は、何らかの健康被害が出てしまった時の補償について考えておかなければなりません。場合によっては金額が膨らむ可能性もあるので、万が一のことを考えて治験保険へ加入も検討しておいた方が良いでしょう。
以下のページでは治験保険の基本や選び方のコツなどについて紹介しているので、ぜひ参考にしてみてください。